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2004/10/04(月)

土地の境界はいつできたか

★★★★★★★「土地の境界はいつできたか」★★★★★
 

問い
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登記所(法務局)で公図というものを取ってみました。

公図は土地の境界や土地の位置関係を調べるのに重要な役割があるそう
ですね。

そこで、そもそも土地の境界というものは、いつどのような理由で定ま
ったものなのでしょうか。




答え
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明治政府の基礎をきづいた大久保利通公は、イギリスに留学し西欧列強
の強さをまざまざと知り、日本を強くするために殖産興業と軍事力の強
化に乗り出します。そのひとつの柱として土地制度と地租制度の全面的
改革がありました。

それが「土地所有権制度の確立」と「地租改正」です。

実際の作業は、全国の土地を測量・調査(境界確認、地目、所有者、面
積等の把握)して、公図や土地台帳・登記簿等が整備されていきました。

この測量は地押丈量(じおしじょうりょう)と呼ばれ、「土地ノ重複若
シクハ脱落ナキヲ要スル為当初ニ之ヲ施行スル」とされました。

さらに「人民ヲシテ小村ハ一村ヲ通シ番、大村ハ各字限リ一地一筆毎ニ
之ニ番号ヲ附シ」、地番と地番の連続である公図等がつくられていきま
した。

この手続により、全国の土地に「地番」という番号が付せられ、土地の
特定制(地番、地目、地積、所有者名、土地の形、土地の境界の確定)
がなされました。

現在の土地境界の基本は、この地租改正当時に決められた「地番」と
「地番」の境目なのです。

このように作られた公図ですが、境界の位置を割り出す手がかりとして
今でも重要な役割を担っているのはこういった土地の沿革があるからで
す。

余談ですが、アジアで初めて西欧列強に対峙することができるよう
になった日本の根幹に大久保公の地租改正事業があったのですが、
彼の見た夢は「強い日本」だったのでしょうね。




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 ┏━━━┓土地を識り、人と社会につくす地識人
 ┃\_/┃土地の境界測量・建物新築登記の専門家
 ┗━━━┛土地家屋調査士 守 田 靖 昭
        
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